ぼくのでんげん的ラジオ。

ラジオに憧れる若造が日頃発見したことや、大好きなもの、スッゲーと思ってることについて綴っていきます。

【33の〇〇】ぼくとバスケの歴史を紐解いたら意外な考えに辿り着きました。

おはようございます、こんにちは、こんばんは!
どうも藍田(@midemgen)でございます。

今の僕を形作っているモノやコンテンツを紹介するシリーズ、33の〇〇
今回はバスケについてお届けします!

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今までで一番長く続いているものがバスケだと思います。
中学の部活で始め、社会人となった今も、チームに所属してバスケができています。
バスケを続けてきたからこそ出会った人・ものがたくさんあるので、本当に続けてきて良かったなと思っています。

もうすでに人生の半分を共に過ごしているバスケ。
今回はそんな「ぼくとバスケ」というお話をしていきたいと思います。

バスケに誘ってくれたのはわっとくん

「ぼくとバスケ」という話は小学6年生まで遡ります。
当時いつも一緒にいたグループの中に「わっと」というあだ名の少年がいました。
昼休みにいつも一緒に中当てをしたり、放課後にゲームをしていた彼はミニバスに所属していました。
6年生も終わりに差し掛かり、中学の部活どうする?みたいな流れの時にバスケ部に誘われたのがきっかけです。
当時僕は地元のサッカークラブに所属していたのですが、なぜか中学でサッカーを続けるつもりはなく、別の何かにしようと心に決めていました。そんな中のお誘いだったので、藍田少年は軽い気持ちでOKをしてしまいます。

中高は挫折続きでした。

軽い気持ちでOKをし、バスケ部に入部するものの、挫折続きでした。
それもそのはず。
わっとが所属していたミニバスチームは市内でもそこそこ強く、そのメンバーが全員入部したのです。
そして中学からバスケを始めた初心者は4名。
その初心者組も夏休みまでに人数は僕一人となり、完全に一人下手くそという状況になってしまいます。(夏休み明けにもうひとり入部してくるのですが・・・)

またサッカーをやっていたものの、遊びのような感じでしたし、走れない&体力ないという肥満少年でした。
中1の時の50m走の記録は今でも忘れませんが、11秒6でしたからね。
とてもスポーツをやる人の数字とは言えません。
いわゆる運動神経がない少年だったんですね。
そんなこんなで中学時代は1度も試合に出ないまま部活を終えます。

高校に変わってもあまり試合に出られない時期は続きます。
後輩にもナメられ、「なんで藍田先輩がいるか分かりません」と言われる始末。
それでも必死に頑張りましたが、あまり強いチームでないにもかかわらずレギュラーはおろかベンチにも時々入れないこともありました。

部活時代は楽しかったこともたくさんあるのでいい思い出なのですが、同時に苦い思い出も満載な時間です。

職場でやってしまったケガ・・・。

高校を卒業して以降は大学の授業や、高校のOBと一緒に学校の夜間開放を利用したりとちょこちょことやるくらいの関わり方をしていました。
そして今の会社に入社し、またバスケをやろうかなと思い始めた頃、弊社で管理している体育施設でやっているワンコインの草バスケに顔を出すようになりました。

何回が出ていた頃、悲劇が。 ディフェンスの足を踏んでしまい、左足首を捻挫してしまいます。
医者に見てもらった所、診断名は「三角靱帯のⅡ度損傷」でした。
足首関節の靭帯損傷には3段階ステージがあり、そのうちの2つ目でした。
部分損傷という感じでしたね。

弊社の施設で1参加者としてバスケをしていたため、けが人として報告をしなければいけないんですが、当然周りは大爆笑。
全部自分で自分の報告をしたため、上司にも保険会社の担当さんにも笑われる始末。
別にそれが嫌だった訳ではないのですが、
しばらく引きずるケガだったので、これはもうケガできないなと思うきっかけとなりました。

ケガのおかげで興味を持ったバスケサークル

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ケガもそろそろ治り、バスケをまたしたいけどもうケガできねぇな・・・と思っていた頃、友人からとあるバスケのサークルさんを紹介されます。
そこは、社会人サークルでは珍しく身体の使い方やスキルからちゃんと学べる場で、なおかつ試合もできるという場所でした。

アップの仕方から、シュートフォーム、ドリブルの仕方まで、大人になってからもバスケ上手くなるんだな~と思う毎日です。
特に今まで届くことの方が少なかったスリーポイントが楽々届くようになったのは本当に感動しました。
活動場所まで片道1時間ちょっとかかるのですが、全く苦にならないくらいで本当に楽しいです。

最近はそのサークルから派生したチームにも所属することとなり、チーム内競争という真剣にやることの楽しさまで実感しています。
多分学生の頃より今のほうが上手い自信があります。

係わる人が増えました

バスケをやっていて良かったなと思うのは、関わる人がめちゃめちゃ増えたことです。
社会人となると家と職場の往復になってしまいがちになるもの。
そんな中でバスケというツールを介した一つのコミュニティに所属すると一気に仲間が増えるので、バスケ以外にもたくさんの刺激を受けることができます。
また最近職場でもバスケ部ができ、今まであまり話せなかった先輩と話す機会も増え、仕事の相談もできたりとバスケ様々って感じです(笑)

現在では、バスケのサークルとブロガーのためのオンラインサロンBloggers Tea Party両方に入っているため、本当に色々な仕事、考え、出身の人に出会うことができ、案外人が好きだったんだなぁ…と感じています。

まとめ

これまでの「ぼくとバスケ」についてお送りしてきました。
バスケをしていたからこそ出会えた人もいますし、その人がきっかけで始めたものもたくさんあります。
僕にとってたまたまそれがバスケだっただけの話ですが、
一つでもそんなものが見つかった僕は幸せ者なんだなとこの記事を書いていて考えてしまいました。

今度は是非あなたにとっての一つ(僕にとってのバスケ)を教えていただきたいですね。

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